ご来訪15万突破!ありがとうございます

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 ※ 投稿日は実際と異なる場合があります。     

1985/09/18

85.09.18 宮沢清六さん

宮澤清六さんと(宮澤賢治さんの弟)

コントラバス奏者の稲垣卓三さんが宮澤清六さんと親しくしていて、佼成WOの花巻公演に聴きに来てくれました。終演後に楽屋に訪ねて来られたので、僕やフェネルさんとの2ショットを撮る事ができました。

1984/10/25

84.ドナルド・サンダース氏

アメリカのトロンボーン奏者、ドナルド・サンダース氏と一緒です。彼は1978年のプラハの春を一緒に受けて友達となりました。ミッシェル・ベッケ氏と2位を分け合い、知性的な演奏スタイルで元気ならリンドバーグ氏と人気を分け合ったであろうと予想されるぐらいの人でしたが、難病にかかり、車椅子でボストンポップスメンバーとして来日しました。

1984/03/30

84.? 小林高彦さん

小林さんは僕の従兄弟にあたり、東京都交響楽団創立時の首席トランペット奏者でした。現役引退後、九州で後進の指導にあたり、その生徒から久保義一、N響の仏坂氏、日本フィルの橋本氏、さらに市立柏高校を全国常連に導いた石田先生などなど数々の名奏者を育てました。今日の僕があるのは高校生の時に進路相談にのっていただき、素晴らしい先生を紹介していただいたからです。写真は九州演奏旅行の時で、1984年ごろと思われます。

1983/07/15

83.07.15 インドネシアの

クラカタウ島は1883年に大噴火をして島の2/3が吹き飛びました。爆発音は世界中に聞こえ、人類が記録したもっとも規模の大きな噴火になりました。
100年後である1983年に1/3残っている島の反対側に新しく産まれたアナク・クラカタウ(クラカタウの息子)島に上陸しました。海岸は真っ黒な火山岩の砂です。

1981/10/12

81.12.? ドン・カルロスのバンダに

佼成ウインドオーケストラのトロンボーンセクション3人で出演しました。オペラの舞台に出演するために衣装はごらんの通りです。当時僕がバック42B,小熊さんがコーン88H,酒井さんがレイノルズだったのがわかります。

1981/09/25

81.R.シュトラウスも登った

ツークシュピッツェ山頂です。
ツークシュピッツェ山頂

R.シュトラウスが夏の休暇中に滞在していた、バイエルン地方のツークシュピッツェという山に、ミュンヘン・コンクール参加後に同級生の白石君と一緒に行きました。昔と違って登山電車で登れます。(^^;)
山々の織り成す風景は曲のイメージとぴったりです。
赤エルマー50mm 3.5 ライカIIIc コダクローム64

1981/09/16

81.09.00パリと言えば

屋上まで上りました。
お寺でしたら鬼瓦でしょうか、妖怪が魔霊退散させていたのでしょう。
エッフェル塔と並んだ名所、ノートルダム寺院。今日火災があったというニュースみて本当に悲しくなりました。かつてミュンヘンコンクールの後にパリまで行っててっぺんまで上った事を思い出しました。せむし男で有名な鐘は無事でしょうか・・・。拳骨で叩いても巨大な鐘はほとんど音がしなかった事を思い出します。この写真は1981年のです。数々の戦乱を潜り抜けてきましたからきっと近いうちに復活してくれる事を祈っております。

1981/09/12

81.09. ? 白石、アレッシ

白石直之君

先月(2006.03)、白石直之君(大学時代のトロンボーンの同級生)の訃報を受け取った時信じられませんでした。 白石君は天衣無縫を絵に描いた、いや絵から抜き出したようなトロンボーンの演奏をしてました。どうやったら彼に近づけるかという事が僕の大学4年間の課題でした。白石君の存在無しに演奏家としての僕の今日はありません。やすらかに!


 この写真はコンクール後に宮下宣子さん、近藤孝司君、白石直之君との4人でロマンチック街道を旅行した時のものです。ローテンブルグの塔の上に登った時に僕が高所恐怖症で顔が引きつっているのを見て皆が大笑いした時のスナップです。