1974/07/15
シオン城を目の前にして
大学1年の時に偶然読んだアンデルセンの「氷姫」はショックでした。それまでのアンデルセンの作風と全く違う悲劇でした。その舞台のひとつ、シオン城まで行こうとしました。しかし、演奏会のGPが迫っており、泣く泣く引き返しました。実際に行く事になったのは31年も後の事でした。その時には内部の見学、そして悲劇の舞台となった小島にも行く事が出来ました。
1970/08/15
高校3年生
高校3年時、初めて買ってもらったトロンボーンです。ホルトンのカレッジエイトというモデルで、この当時のアメリカの楽器は各社とも素晴らしい鳴り、音色を持っていました。
現在はベルカットに改造された後、サンクト・ペテルスブルグで誰かが使っていると思います。というのは、ヴェングロフスキーさんに最後に会った当時、旧ソヴィエトではアメリカ製の楽器の入手が困難だったので、僕をいろいろと助けてくれた恩返しに、「これは古いけど、楽器の性能は素晴らしいものです。どうか楽器の買えない生徒さんに使ってもらって下さい」と言ってさしあげたからです。結果として最後の恩返しとなりました。もしもどなたか、現サンクト・ペテルスブルグでこの形のベルカットの楽器を見たら教えてください。
1970/06/15
アンサンブルの始まり (大宮二中吹奏楽部)
中学2年の時の吹奏楽部の友人と撮りました。寺門宜道君、永徳真隆君、僕、小野和仁君、どんな音がしたんでしょうね。今みんなどうしてるんでしょう。
しかし本来は寺門君がユーホ、小野君はチューバでした。その当時興味津々で人の楽器を借りて遊んでました。
しかし本来は寺門君がユーホ、小野君はチューバでした。その当時興味津々で人の楽器を借りて遊んでました。
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