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 ※ 投稿日は実際と異なる場合があります。     

1977/12/15

バンブーラ先生

むかしむかし、根津のおにぎり屋「いなほ」にドレスデン国立歌劇場管弦楽団首席トロンボーン奏者、アロイス・バンブーラ氏がいらっしゃいました。ひだ儀から川上(Tp.現航空中央音楽隊)僕、熊田(トロンボーン学生)バンブーラ氏、杉山淳氏!(チューバ、現上野の森ブラス)

1977/10/16

77年ごろ? ヴィクトール・ヴェングロヴスキー氏

ヴェングロフスキー氏、ボリス・ヴィノグラドフ氏、村上準一郎氏 
Victor  Venglovsky(ヴィクトール・ヴェングロフスキー)さんは、旧レニングラードフィルのtb奏者です。彼の39才の録音によるLPはラフマニノフのエレジーを初め、ウェーバーのロマンス、ドゥヴァリオナスのヴァリエーション、ボザのバラードなどの珠玉の名演は僕に多大な影響を与えました。
ボリスはプラハの春に入賞、ソロのLPとそれのCD版とがあります。長い間レニングラードフィルの2番奏者として活躍しました。
村上準一郎君は、シャープス・アンド・フラッツを経て自分のバンドを率いたり、2回にわたり100人のトロンボーンを成功に導いた事で有名です。

77年ごろ? オカリナ奏者

NHK教育テレビ「文化シリーズ、美を探る」にオカリナ奏者として故小泉文夫先生と一緒に出演した時のものです。

テーマは小鹿田焼だったので、焼物の笛という事でオカリナでの出演となったのです。最近になって長年の夢がかなって小鹿田焼の里を訪ねる事が出来ました。その時職人のひとりが僕の顔を覚えてくれていてびっくりしました。

1976/07/15

髭の時代


一時期ひげを伸ばしていた時期がありました。その期間は短かったので写真はほとんど残っておりませんので貴重な1枚です。「髭は一度に剃ると、、(刃ではなく)歯がだめになるぞ」という、偶然会ったお坊さんの言葉を無視して一気に剃りましたが、1週間後に歯が欠けたのには驚きました。
隣りは現在大阪センチュリー交響楽団の近藤孝司氏です。

1975/10/15

75.12 長髪時代


父が若いときに髭を伸ばしていたという話を聞きました。それなら僕は青春の思い出に髪を伸ばそうと思いました。これは約3年目ぐらいです。もう気が済んだから切ろうと思いましたが、それからずるずると伸ばし続け、ベルトの位置まで長くなりました。
一番危険だった事は電車のドアに挟まれた事、良かった事は普段から町を歩くだけで注目されていたので舞台で緊張しなかった事です。

ビル掃除時代


 


 初めてのヨーロッパ演奏旅行の資金を稼ぐためにCBS(千代田ビルサービス株式会社)の深夜勤に入社しました。約3年間の仕事でしたが、厚生年金、健康保険もありました。 ここに移っている4人はそれぞれ楽器をやってました。左から坂本さん(Vn)磯田さん(Tp)、林さん(チェロ)今はどうしてるんでしょうね。

1975/08/15

ハンググライダー


子供の頃からの夢、「空を飛ぶ」事が実現した瞬間です。場所は穂高オリンピアスキー場です。

1975/07/15

音響学合宿

演奏家を目指してはいたが、やはり不安はありました。元々機械が好きだった事もあり、音楽音響学演習という授業を取りました。実質的に録音技術の勉強です。これはその合宿での写真です。後列左が若林駿介先生、中央が白砂昭一先生です。若林先生はブルーノ・ワルター、コロンビア交響楽団の録音助手を務め、後に東京佼成WOとフェネルとの数々の録音でもお世話になりました。録音だけでなく、人となりで大きな影響を受けました。2008年7月1日に亡くなられました。ご冥福を祈ります。(2008.09)