ご来訪15万突破!ありがとうございます

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 ※ 投稿日は実際と異なる場合があります。     

2003/06/24

03.06.24 井坪 隆さん

飯田市議会議員、飯田市民吹奏楽団打楽器奏者、井坪 隆さんと一緒!

2003/06/01

2003.06 活動記録

TKWO
29日(日)菊川公演 菊川文化会館アエル  15:00~
22日(日)長野公演 長野県県民文化会館  14:00~
21日(土)伊那公演 伊那文化会館  14:00~
11日(水)津山公演 津山文化センター  18:30~
10日(火)呉公演 呉市文化ホール  18:30~
9日(月)下関公演 下関市民会館  18:30~
8日(日)観音寺公演 観音寺市民会館  14:00~
7日(土)倉吉公演 倉吉未来中心  14:00~
6日(金)浜田公演 石央文化ホール  18:30~
5日(木)萩公演 萩市民館  18:30~

2003/05/30

03.05. ? 瀬島彩華さん

瀬島彩華さん(富山商業高校3年当時)

瀬島彩華さんは高校2年で全日本選手権に出場した卓球選手です。
僕は吹奏楽部を通じて頼み込み、練習相手をしていただきました。 

2003/05/28

03.05.28 飯田市

長野県飯田市の音楽観賞教室先で近くの山に登りました。

2003/05/01

2003.05 活動記録

26日~30日 TKWO
長野県飯田市の小、中学校の音楽鑑賞教室

25日(日)
オーケストラ・シンポシオン ロマンティックシリーズ Vol.1
情熱のライプツィヒ ー ドレスデン1840's
晴海アイランド トリトンスクエア・第一生命ホール
午後3時開演

指揮:諸岡範澄   ヴァイオリン独奏:桐山建志
曲目:F.メンデルスゾーン/《真夏の夜の夢》序曲 Op.21
ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 Op.64(初演稿)
R.シューマン/交響曲 第2番 ハ長調 Op.61
※トロンボーン奏者:萩谷克己、宮下宣子、飯塚睦彦

2003/03/01

03.03.01 岩井直博氏

ニュ-サウンズ・イン・ブラスの録音を終えて、打上げでの岩井直博氏(右)。

2003/01/19

03.01.19 百瀬氏 & 小串氏

岩手県のアンサンブルコンクールの審査を終えて、リラックスする百瀬氏と小串氏。

2002/12/30

2002年を振り返って

2002年は激動の年でした。振り返ると3度の海外公演、指揮のプロデビューなど、人生初という事ばかりでした。
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4月のアジア公演ではシンガポールまでの移動に丸1日かかり、しかも次の日がクレィジー・フォー・ユーの中に大きなソロがあったために飛行機の中、台北の空港の待ち合わせ時間にポストホルンを吹いていました。

 僕の愛用のポストホルンは師匠のAlois Bambula 先生からいただいたものです。ヴィンディッシュ製でEs管ですが、無理やりトロンボーンのマウスピースを入れてピッチがすこしぶら下がったままで吹いております。先生も演奏旅行やバカンスでトロンボーンを持ち歩けない時に 使っていたそうです。

さて、飛行機の中で消音ミュートを使うとほとんど周りの人には聞こえないものですね。あまり意識した事は無かったのですが、改めて飛行機内の音の大きさというものを認識しました。強行軍は続き、朝シンガポールを出て香港経由でマカオに着き、GP時間に間に合わないでぶっつけ本番で又クレイジー・・・を吹きました。まったくクレイジーですがその時もポストホルンによる口ならしで無事に切りぬけました。

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2002年2度目の海外公演は、アンサンブル・ペガサスという金管アンサンブルです。
バンドジャーナルに掲載されていたのでご覧になった方も多いでしょう。大半が愛知県芸大の学生と卒業生で、プロは僕と山本訓久、幡野武、安本弘行さんが参加しました。これは本当に収穫の多い旅でした。

まずマーラーが1才から15才まで住んでいたイフラーヴァ(イーグラゥ)に滞在し、演奏会を開く事が出来たことです。

 僕は時差の関係で毎朝早く目が覚めてしまったために、近くの森を散歩しました。(「アルバム」の写真も見てね)イフラーヴァの夜明けの美しさ、空気感がまさにマーラーの交響曲1番の冒頭そのままでした。後でマーラー研究家にその話をしたら実際にマーラーはそこへよく行ってたそうです。

又、僕達が泊まったホテルは昔のオーストリア軍の兵舎だったところで、ベートーベンの甥のカルルがいたそうです。  ベートーベンの死の知らせを受けてそこから馬車でウィーンに行ったそうです。又、幼いマーラーが軍の信号ラッパのメロディを聞き分けたそうですがそのラッパが奏された場所でもあります。やはり作曲者の空気感を体験するという事はとても大切だと感じました。

又、モラヴィアの州都のブルノに行く事も出来ました。モラヴィアは僕の大好きなヨゼフ・マティのtb協奏曲の舞台でもあります。ひたすら風景を自分の感覚の中に取り込みました。

さて、チェコを後にウィーンに戻った後、夜ウィーン国立歌劇場で「ホフマン物語」を見、次の日の昼にムジークフェラインでにウィー ン・フィルの「英雄の生涯」その日の夜ベルリン・フィルでシューベルトの「グレート」を聴くという強行鑑賞をしました。
それぞれ素晴らしかったのですが、約30年ぶりに指揮者のサィモン・ラトゥルに会えたのがとてもうれしい出来事です。かつてアバーディーンで行われた青少年のオーケストラフェスティバルで彼の指揮でオープニングの演奏をし、又コープランドの指揮の時は一緒にオケの一員として演奏したものです。その話をしたらしっかり覚えていたのは驚きました。やはり指揮者の記憶力はすごいものがありますね。

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僕の指揮プロデビューは9月にヴィヴィッドブラス東京の音楽鑑賞教室で実現しました。
いやぁプロってすごいものだと改めて実感しました。1回目合わない個所が何も指示しないでも2回目にはピタッ音が集まってきます。集まった瞬間は本当に怖いぐらいです。しかも僕の棒の不完全なところはちゃんと「見ないで」吹いてくれます。(^^;)
この辺のやりとりは病みつきになりそうです。ヴィヴィッドブラスの皆さんありがとうございました。

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さて、12月にはアメリカのシカゴ公演です。この時もコンディション作りにポストホルンが活躍しました。

ミッドウエストのバンドクリニックに東京佼成ウィンドオーケストラで参加しました。大きな出来事はフェネルさんがまったく衰えを見せず見事な指揮をした事でしょう。もう日本に来るという「移動」の体力は難しいのかもしれませんが、音楽をするという事においては昔とまったく変わらない鋭い指示、眼差しで演奏しました。

シカゴで驚いた事は空気の「重さ」です。日本だったら吹きすぎて開く感触で吹いても音がまとまって「飛ばない」のです。ホールのせいではなく、ホテルの部屋、大学のホールでも同じでした。同じ事を他の人も言ってましたから気のせいではないでしょう。

スケジュールの合間に又も強行軍でシカゴ交響楽団を3度聴きました。またまた驚いたのはあのシカゴが実に繊細でデリケートなオケなのです。日本で聴いてももちろん素晴らしいには違いないのですが、あのパワーと開き気味の木管に少し違和感がありました。ところが、本拠地で聴いたシカゴはムジーク・フェラインのウィーン・フィル共通した繊細さがありました。
もうひとつ共通点は、定期演奏会といっても、けっして気負った演奏ではなく、普段着のように客席と舞台が一体になっていた事です。

やっぱり本拠地が欲しい!というのが2002年の締めくくりの感想でした。